猿之助の退場により壊滅的な危機に瀕したのが、看板を失った一門「澤瀉屋」でした。事件当時、明治座で開催中だった『市川猿之助奮闘特別公演』は公演中止の危機に直面しましたが、ここで歌舞伎の歴史に残る出来事が起きます。
昼の部では中村隼人が座頭の重責を担い、夜の部の主役・相馬太郎良門を急遽務めたのが、猿之助の甥であり当時19歳だった市川團子(市川中車/香川照之の長男)でした。稽古時間もほとんどない中で舞台に立った團子は、見事な立ち回りと圧倒的な気迫で観客を魅了。終演後には客席総立ちのスタンディングオベーションが巻き起こり、劇場は涙と歓声に包まれました。「澤瀉屋の火を絶やすな」というファンの祈りと、名門の血筋が呼び覚ました奇跡の代役劇でした。
一方、従兄である市川中車(香川照之)もまた、過去の不祥事から再起を図るさなかに一門の長老格として矢面に立ちました。全国各地の舞台に出演し続け、弟子やスタッフの雇用と生活を守るために奔走。2026年の現在に至るまで、澤瀉屋は團子と中車を中心とした新体制で公演を継続し、伝統を守り抜く姿勢を確立しています。
しかし、松竹や歌舞伎座幹部、興行関係者の歌舞伎座の反応は極めて厳格です。「團子の成長と一門の結束は素晴らしいが、猿之助個人の問題は別である」というコンプライアンス遵守の姿勢を崩していません。伝統芸能の世界であっても、刑事事件で有罪判決を受けた事実、そして何より人命が失われた結果に対する世間の厳しい視線を痛感しているからです。