背番号10がエースの象徴となった原点を語る上で避けて通れないのが、サッカー背番号の歴史と由来、そして「サッカーの王様」ペレにまつわる有名な歴史のいたずらです。
そもそもサッカーにおける背番号制度は、1928年のイングランド(アーセナル対シェフィールド・ウェンズデイ戦)で試験導入されたのが始まりとされています。当時の背番号は固定制ではなく、ピッチ上のスターティングメンバーが1番(GK)から11番(左ウイング)まで、ポジション順に着用する実務的な識別票に過ぎませんでした。
転機となったのは、1958年のワールドカップ・スウェーデン大会でした。ブラジルサッカー連盟(CBF)がFIFAへ選手リストを提出する際、事務的な不手際によって選手の背番号を未記入のまま送付してしまったのです。事態を収拾するため、ウルグアイ出身のFIFA役員ロレンソ・ビラツィオ氏が独断でランダムに背番号を割り振りました。その結果、当時ゴールキーパーだったジウマールに「3番」が渡り、当時まだ無名に近かった17歳の少年、ペレに偶然割り当てられたのが「10番」でした。
この大会でペレは、準々決勝のウェールズ戦で決勝点を挙げ、準決勝フランス戦でハットトリック、決勝スウェーデン戦でも2得点を記録し、ブラジルを史上初のW杯優勝へと導きました。17歳の若武者が背中に掲げた「10」の数字は、全世界のフットボールファンの網膜に強烈な残像として焼き付けられ、ここに「ペレ背番号10の起源」が確立されたのです。もしこの時、役員が別の番号を割り振っていたら、サッカー界のエースナンバーは全く別の数字になっていたかもしれません。