自民党初代総裁・鳩山一郎の真実!吉田茂との激闘と日ソ宣言の裏側

自民党初代総裁・鳩山一郎の真実!吉田茂との激闘と日ソ宣言の裏側

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鳩山一郎の政治人生における最大の試練は、まさに権力の座に手をかけた瞬間に訪れました。終戦直後の1946年(昭和21年)4月、第22回総選挙で彼が率いる日本自由党が第一党となり、首班指名は確実視されていました。しかし組閣の大命降下を目前にした5月3日、突如としてGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による公職追放処分が下されます。戦前の政友会幹事長や文部大臣時代の言動(滝川事件など)が軍国主義的とみなされたためでした。

失意のなか、鳩山は政権を盟友と頼んだ吉田茂に託すことになります。「政界に復帰した際には政権を返還する」という密約があったとされますが、これが後に昭和政界最大の遺恨へと発展します。さらに追放解除直前の1951年(昭和26年)、鳩山は突然の脳梗塞(脳出血)に倒れ、半身不随と言語障害という絶望的なハンディキャップを背負うことになりました。

しかし、彼は諦めませんでした。過酷なリハビリテーションを重ね、車椅子や杖を使いながら政界へ復職。不自由な身体を押して国民の前に立ち続ける姿は、かえって大衆の絶大な同情と熱狂的な支持を集め、「ハトさん」の愛称で呼ばれる国民的政治家へと押し上げる原動力となったのです。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

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