「秋の虫の声を電話で伝えようとしたのに、相手には全く届かなかった」という体験は、SNSや知恵袋などでも毎年秋になると数多く投稿される定番の謎です。この現象を読み解く決定的な鍵は、鈴虫の鳴き声と周波数の関係にあります。
音響工学の測定データによると、鈴虫が奏でる「リーン」という澄んだ音の基本周波数は約4,000Hz〜4,500Hz。倍音成分に至っては8,000Hz〜10,000Hzを超える超高音域にまで達します。これに対し、私たちが日常的に利用している固定電話の音声規格(国際電気通信連合ITU-Tが定めた「G.711」規格など)は、人間の日常会話を効率的に伝えるため、300Hz〜3,400Hzの周波数帯域のみを伝送する仕様になっています。つまり、4,000Hzを超える鈴虫の鳴き声は、伝送可能な帯域の外側に位置しているため、電話網を通る瞬間に「不要な帯域」として完全にカットされてしまうのです。
「では、高品質なVoLTE(音声LTE)や最新スマートフォンのアプリ通話なら聞こえるのではないか」という疑問が湧くかもしれません。確かに近年のVoLTE(AMR-WB規格)は最高7,000Hz程度まで伝送帯域を拡張しています。しかし、ここにはもう一つのデジタル技術の壁が存在します。現代のスマートフォンに標準搭載されている「ノイズキャンセリング機能」やAI音声処理エンジンは、人の声以外の周期的・連続的な高周波音を「機械音や金属音などの環境ノイズ」と識別します。その結果、鈴虫の美しい音色であるにもかかわらず、受話マイクのプロセッサが自動的に消去してしまうのです。