「ワタナベ」と読む名字の漢字には、文字の成立プロセスにおいて明確な序列と歴史的文脈が存在する。基本となるのは正字(旧字体)である「渡邊」、そこから派生した俗字(異体字)の「渡邉」、そして戦後の文字改革によって生まれた新字体の「渡辺」という3大系統だ。
日本全国における人口規模を見ると、その分布は圧倒的な傾斜を描いている。日本家系図学会などの研究資料や最新の名字データベースの推計によると、新字体の「渡辺」を名乗る人口は全国で約100万人以上に達し、全国名字ランキングでも第5位前後に位置するメガ名字である。これに対し、旧字体の「渡邊」は約2万8,000人から3万人程度、俗字の「渡邉」は約1,000人から数千人規模にとどまる。
地域的な傾向として、「渡邊」は山梨県や宮城県、福島県をはじめとする東日本に色濃く残る一方、「渡邉」は静岡県や新潟県など特定の地域コミュニティで強固に受け継がれている。元来ひとつの名門氏族から出た名字でありながら、ここまで明確な文字の差異が固定化した背景には、近代行政が抱えた歴史的な必然が存在している。