日々のリハビリテーションや通所介護(デイサービス)の現場において、多くのセラピストが「ストップウォッチの数値にとらわれすぎることの危うさ」を経験しています。
「TUGは10.5秒でカットオフ値を余裕でクリアしていた要支援1の男性が、自宅の廊下で方向転換した際に転倒し大腿骨を骨折した」という事例は決して珍しくありません。この男性の動きをビデオで振り返ると、直線の歩行速度が極めて速い一方で、コーンを回る際に極端な遠心力がかかり、体幹の傾きを足部の踏み直しでカバーできていない「衝動的な歩行パターン」が見て取れました。タイムを縮めることだけに意識が向き、急加速と急制動を繰り返すタイプは、数値上は良好でも実際の生活環境では極めてハイリスクです。
逆に、タイムが16秒台とカットオフ値を大幅にオーバーしているにもかかわらず、過去何年も一度も転んでいない80代女性のケースもあります。この女性は自身のバランス限界を的確に認知しており、方向転換時には細かくステップを刻み、重心を低く保ちながら慎重に旋回していました。
現場の理学療法士らが口を揃えるのは、数値はあくまで結果であり、真に見るべきは「立ち上がり時の前傾角度」「旋回時に足がクロスしていないか」「着座直前にドスンと勢いよく落ちていないか」という理学療法における転倒予測の定性的サインです。測定中の数秒間に現れる身体制御の乱れを観察する眼がなければ、カットオフ値という道具を使いこなすことはできません。