1990年、日本のお笑い界に激震が走った。当時、太田プロダクションの若手ホープとして圧倒的な勢いを誇っていた爆笑問題(太田光、田中裕二)が、突如として事務所を独立。この電撃的な退所劇は、当時の業界常識を大きく揺るがすものだった。独立の背後にあったのは、売り出し方を巡るマネジメントとの方針の違いや、若さゆえの血気盛んな葛藤だったとされる。
だが、芸能プロダクション業界の壁は甘くなかった。大手事務所からの独立に対する業界内の風当たりは想像を絶するほど厳しく、爆笑問題は一瞬にしてすべてのレギュラー番組を失う。テレビ画面から姿を消した数年間、彼らは事実上の不遇時代を過ごすこととなった。お笑いにかける情熱と才能がありながらも発表の場を失った太田光の苦悩は深く、この時期の挫折体験が、後に彼の言葉に宿る独特の毒と深みの原点となったことは間違いない。