日本の石油備蓄量は何日分?中東危機に耐える驚異の日数と世界順位

日本の石油備蓄量は何日分?中東危機に耐える驚異の日数と世界順位

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日本の手厚い備蓄体制は、平和な時代に偶然作られたものではありません。その原点にあるのは、1973年と1979年に起きた2度のオイルショックという手痛い歴史的敗北です。

当時の中東産油国による原油禁輸と価格引き上げにより、日本中がトイレットペーパーの買い占めに走り、銀座のネオンが消え、物価が急騰する「狂乱物価」に見舞われました。原油供給の途絶が瞬く間に社会インフラを麻痺させる恐怖を骨身に刻んだ日本政府は、1975年に石油備蓄法を制定。以来、莫大な国費を投じて国家備蓄の拡充を進めてきた経緯があります。

これまでに日本の備蓄が実際に放出された事例は、歴史上数えるほどしかありません。それらはすべて、国際協調や未曾有の国内災害という非常事態に限定されています。

  • 1991年 湾岸戦争:IEAの協調行動に基づき、日本として初めて民間備蓄目標を4日分引き下げ、約260万キロリットルを市場に供給。
  • 2005年 米国ハリケーン・カトリーナ被害:製油所密集地帯の被災に対し、IEAの要請で民間備蓄3日分を引き下げ。
  • 2011年 リビア情勢緊迫化:内戦に伴う原油供給途絶を受け、IEA協調で民間備蓄を2日分引き下げ。
  • 2011年 東日本大震災:国内被災地の燃料不足を解消するため、政府は民間備蓄義務を段階的に最大25日分引き下げ、製油所の在庫を緊急被災地域へ集中的にピストン輸送。
  • 2021〜2022年 ロシア・ウクライナ侵攻とエネルギー協調放出:ウクライナ危機に伴う国際原油価格の急騰と供給懸念に対し、日本は歴史上初めて国家備蓄そのものの取り崩し・放出を実施。民間備蓄と合わせて数千万バレル規模の協調放出に踏み切りました。

過去の放出の歴史を振り返ると、備蓄は単なる「油の貯蔵庫」ではなく、国際秩序の動揺や大災害の渦中において国民生活を守り抜く地政学的な切り札として機能してきたことが分かります。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。