美術館を訪れる鑑賞者をまず圧倒するのが、日本を代表する建築家・北川原温(Atsushi Kitagawara)氏が手掛けた有機的かつ前衛的な建築空間です。北川原氏はこの美術館を単なる「展示箱」ではなく、キース・ヘリングの短い生涯そのものを追体験する空間インスタレーションとして設計しました。
館内は「カオスから希望へ」という明快な空間シナリオで構成されています。エントランスから一歩足を踏み入れると、鋭角に切り裂かれた壁面と計算された自然光が交錯する「闇の空間」が現れます。ここでは、核戦争への恐怖、人種差別(反アパルトヘイト)、同性愛者への偏見、そして自身を蝕むエイズという病への絶望と怒りが、生々しい筆致のドローイングやサブウェイドローイング(地下鉄の空き広告板にチョークで描かれた初期の代表作)を通して突きつけられます。
しかし、通路を進むにつれて空間は徐々に解放され、天窓から柔らかな光が降り注ぐ「希望の空間」へと鑑賞者を導きます。そこには、踊る人々のシルエットや「吠える犬(Barking Dog)」、「光り輝く赤ん坊(Radiant Baby)」といったアイコンたちが躍動する大型彫刻や鮮やかなシルクスクリーンが展開。生への歓喜と普遍的な愛のメッセージが空間全体に満ちあふれます。建築とアートが完璧に融合したこの鑑賞体験こそ、中村キース・ヘリング美術館の見どころの核心といえます。