惨劇は、あまりにも静かな住宅街の片隅で起きた。帰宅した本村氏が目にしたのは、変わり果てた妻と押し入れの天袋に押し込められた幼い娘の姿だった。当時18歳の少年による暴行と殺害。動機の身勝手さと冷酷さは世間を震撼させたが、それ以上に遺族を苛んだのは、法廷という異様な空間だった。
加害者の人権や将来は手厚く守られ、優秀な弁護団がつき、手前勝手な「反省」の弁が積み上げられていく。その一方で、被害者遺族には発言権どころか、法廷の席すら満足に用意されない。証人席に座ることすら拒まれ、愛する家族の遺影を胸に抱くことすら「法廷の威信を損なう」と制止された。前例主義に固執する裁判所に対し、本村氏の怒りは頂点に達する。彼がカメラの前で吐き出した言葉は、単なる復讐心の発露ではなく、被害者を置き去りにした独善的な法解釈への痛烈な宣戦布告であった。