なぜ彼は、ここまでして闘い続ける必要があったのか。その根底には、半世紀以上にわたって背負い続けたプロレスラーとしての矜持がある。若き日に力道山の門下生として出会い、ライバルとして昭和の日本を二分したジャイアント馬場との宿命的な関係。そして「ストロングスタイル」を掲げて自ら旗揚げした新日本プロレスリングの熱狂。
モハメド・アリとの異種格闘技戦に代表されるように、猪木は常に既成概念を壊し、プロレスリング業界の枠組みを押し広げてきた。過酷な巡業、リング上で受け止めてきた無数の衝撃、そしてファンを熱狂させるために酷使し続けた肉体。彼の身体に刻まれた無数の傷跡は、昭和から平成の熱狂を最前線で作り出してきた証左そのものだった。