目黒蓮の原点は、幼少期から打ち込んでいたサッカーにあります。大森第四中学校時代まで地元のクラブチームや部活動で汗を流し、フォワードやミッドフィルダーとして活躍していました。足元の技術だけでなく、当時から培われた持久力や強靭なメンタリティは、後の過酷なダンスレッスンやハードな撮影現場を支える礎となっています。
中学2年生の秋(2010年10月)に事務所へ入所してからは、部活動と芸能活動の両立に苦心することになります。高校進学後はサッカー部への本格的な所属は断念し、ジャニーズJr.の活動に専念する決断を下しました。
しかし、当時の目黒蓮は決してエリートコースを歩んでいたわけではありません。同期や後輩が先にマイクを持ち前列で歌う中、バックダンサーの後列を務める日々が続きました。高校時代には自身の改善点や目標を日記形式で書き留める「目標ノート」を毎日欠かさず記し、悔しさを成長の糧へと変えていくストイックな生活を送っていました。