破局の深層を探るうえで避けて通れないのが、松田聖子の母親による反対理由と、昭和特有の「母娘関係」です。
聖子の母・一子さんは、聖子の才能を見出し、福岡から上京する際も娘の夢を全力で後押しした最大の理解者でした。しかし、その強い愛情は時に芸能活動のマネジメント全般に深く介入する「ステージママ」としての側面を持ち合わせていました。
当時、郷ひろみとの結婚話が進むにつれて、「結婚=家庭に入り歌手活動をセーブする」という現実が現実味を帯びてきました。母親としては、手塩にかけて育て上げた稀代の才能が、20代前半の若さで家庭に埋もれてしまうことに強い危機感を抱いたとされています。家族社会学の観点から見れば、これは「娘の自己実現=母親自身の生きがい」という強い心理的共依存の結びつきが、破局の決定打として働いた典型例と言えます。
また、サンミュージックの故・相澤秀禎会長も、聖子の類まれなボーカル力とスター性を高く評価しており、「日本の音楽界のために今引退させてはならない」という強い意志を持っていました。結果として、家族と事務所という最も近い環境からの反対が、二人の結婚を阻む高い壁となったのです。