翼をくださいが愛され続ける理由とは?誕生秘話からエヴァの衝撃まで徹底解剖

翼をくださいが愛され続ける理由とは?誕生秘話からエヴァの衝撃まで徹底解剖

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『翼をください』が誕生したのは1970年のことです。三重県志摩半島の総合リゾート施設「合歓の郷(ねむのさと)」で開催された「合歓ポピュラーフェスティバル'70」(プロ作曲家コンテスト)への出品曲として書き下ろされました。 作曲を手掛けた村井邦彦氏や作詞の山上路夫氏が後年のインタビューや手記で語った証言によると、コンテスト直前のホテルの部屋で「若者が素直に声を合わせて歌える、シンプルで力強い曲を作ろう」と意気投合し、セッションのような熱気の中でわずか数時間のうちにメロディと歌詞の骨格が完成したといいます。 歌唱を担当したのは、山本潤子氏を中心とする5人組フォークグループ「赤い鳥」でした。透き通るような美しいコーラスワークによって同コンテストで入賞を果たし、翌1971年2月5日にシングル盤がリリースされます。 ただし、当時のレコードジャケットで大々的にフィーチャーされていたA面は、京都地方の民謡をベースにした名曲『竹田の子守唄』でした。『翼をください』はあくまでその裏面、すなわち「B面曲」という位置づけで世に出たのです。当時の音楽業界関係者の証言によれば、「ラジオのリクエスト番組を中心に、B面だった『翼をください』の瑞々しいメロディにリスナーからの問い合わせが殺到し、徐々に主客が逆転していった」という劇的な経緯が存在します。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。