南三陸ホテル観洋を語るうえで、東日本大震災における民間避難所としての歩みを避けて通ることはできません。2011年3月11日、巨大津波はホテル2階まで達したものの、頑強な岩盤の上に建設されていた鉄骨鉄筋コンクリート造の建物は倒壊を免れました。電気・ガス・水道のライフラインが完全に断絶するなか、女将の伊藤文代氏や経営陣は即座に館内を住民の避難場所として無償開放することを決断しました。
発災直後から約半年間にわたり、ホテルは最大約600名もの被災住民を避難民として受け入れました。水産加工会社としての流通網を活かした冷凍備蓄魚の炊き出し、自社で掘削していた井戸水の提供、さらには自家発電による温泉熱を活用した入浴支援など、極限状況下で発揮された組織力と献身は、当時の特番インタビューやドキュメンタリー番組でも深く報じられています。「暗闇のなか、温かい温泉と一杯の温かいあら汁に命を救われた」という元避難住民の手記の言葉は、今も語り継がれる奇跡の記録です。
その壮絶な経験から生まれたのが、震災翌年の2012年から毎朝休むことなく運行されている「語り部バス」です。ホテルの従業員自らがバスに同乗し、車窓から見える復興の景色とともに、被災当時の惨状や命を守る避難の教訓を肉声で伝えています。
バスが巡るのは、津波が最上階を飲み込みながらも屋上に避難した全員が生還した震災遺構「高野会館」や、旧防災対策庁舎の周辺など、記憶を留める場所です。語り部が発する「防災は知識ではなく、命を守る行動そのもの」「津波が来たら、てんでんこに高いところへ逃げてほしい」という切実な叫びは、参加する旅行者の胸を締め付けます。累計数十万人以上が乗車したこの語り部バスは、単なる観光オプションではなく、訪れた人の防災意識を根本から塗り替える極めて崇高な教育的価値を持っています。