「年金80歳支給」の噂を検証する上で見逃してはならないのが、厚生年金の受給繰下げにおける制度上の盲点と、誤解されやすい損益分岐点の実態です。
ネット上の掲示板やSNSでは、「75歳や80歳まで繰り下げても、元を取る前に亡くなったら払い損になる」という意見が目立ちます。確かに受給開始時期を遅らせるほど、生涯の受給総額で元を取るための「損益分岐点」は後ろにズレ込みます。現行制度において75歳から受給を開始した場合、65歳受給開始の総受給額を上回るのは86歳10か月を超えた時点です。
厚生労働省の統計によると、現在の日本人女性の平均寿命は約87歳、男性は約81歳です。男性の平均寿命から見れば、75歳繰下げすら「ギャンブル性が高い」と捉えられがちであり、仮に80歳繰下げが実現した場合の分岐点は90歳を超えてきます。「机上の空論であり、制度設計として非現実的だ」という批判が出るのはこのためです。
一方で、現代のファイナンシャルプランニングにおいて年金は「投資の損得」ではなく「長生きリスクに対する保険」と位置付けられています。預貯金を取り崩しながら生活する場合、100歳まで生きた場合の枯渇リスクが最大の脅威となりますが、繰り下げによって増額された年金は終身で支給されます。「自分が何歳まで生きるか」の予測は誰にもできないからこそ、ネット上の短絡的な「損得論」と政策担当者が考える「セーフティネット論」の間で深刻な認知のねじれが発生しています。