一方の細木数子氏は、波乱に満ちた半生を歩んできました。10代の頃から頭角を現し、東京・赤坂や銀座でクラブや料理店を経営。とりわけ細木数子の銀座クラブ経歴は華々しく、政財界の重鎮や大物芸能人、裏社会の実力者まで幅広い人脈を築き上げました。
しかし、巨額の負債やトラブルを経験した細木氏は、易学や算命学、万象学などの東洋運命学を独学で徹底的に研究し始めます。後に一世を風靡する細木数子の六星占術のルーツには、古来の東洋哲学や易学のエッセンスに加え、銀座時代に培った人間観察眼、そして安岡正篤氏の東洋思想のエッセンスが色濃く反映されていたとされています。