高島雄平は大学卒業後、神奈川県内の公立学校教員として採用されました。理科教師などを務めた後、教育熱心で温厚な人柄が評価され、教頭を経て横浜市立中学校の校長に昇任しています。
勤務先として報じられた学校(横浜市立大綱中学校や横浜市立高角中学校など複数の学校で勤務経験)では、生徒や保護者、同僚教員からの評判は決して悪くありませんでした。当時の保護者会や卒業文集での振る舞いは「穏やかで面倒見の良い先生」「トラブルを起こさない無難な管理職」と映っており、学校現場で彼に疑念を抱く者は皆無だったといいます。
教育委員会の調査でも、国内の勤務校における生徒への直接的なわいせつ行為は確認されなかったものの、「学校現場では聖職者として完璧に振る舞い、海外で欲望を爆発させる」という完全な人格の二重構造(スプリッティング)が成立していた点が、教育関係者にとって最大の恐怖と課題を残しました。