高山若頭の歩みは、名古屋に本拠を置く弘道会の台頭と完全に軌を一にしています。愛知県出身の同氏は、若手時代から卓越した行動力と組織管理能力を発揮し、弘道会の前身組織から頭角を現しました。武闘派としての武名を轟かせる一方で、資金獲得活動(シノギ)や企業舎弟の構築など経済面でも類まれな才覚を発揮したとされています。
司忍氏が三代目弘道会会長から六代目山口組組長へと登り詰める過程において、高山氏はその参謀役として辣腕を振るいました。弘道会を名実ともに山口組最強のメガ組織へと育て上げ、自らも弘道会総裁を経て山口組の若頭ポストへと就任。組織の頂点へと駆け上がった経歴は、裏社会の権力掌握史そのものと言えます。