「インド人を右に」という前代未聞の怪文章が公に出たのは、1997年4月30日発行(4月15日発売)の『ゲーメスト』通巻189号です。該当記事は、1996年冬にセガ(当時:セガ・エンタープライゼス)が稼働開始したアーケード用3Dレーシングゲーム『スカッドレース(SCUD Race)』の初級コース(昼)の攻略解説でした。
コース中盤の連続コーナーをクリアするためのテクニックを解説したコーナーで、読者の目に飛び込んできたのは以下の衝撃的な一文でした。
「……画面が切り替わったら、すぐにアクセルを全開にして、インド人を右に切ると、外側のフェンスに激突することなくクリアできる。」
レーシングゲームにおいて、進行方向を変えるために操作するものは「ハンドル(ステアリング)」以外にあり得ません。当然ながら、本来ライターが執筆した原稿の文言は「ハンドルを右に」でした。
では、なぜ「ハンドル」が「インド人」に変貌してしまったのか。その原因は、当時全盛だった出版工程における「手書き原稿の誤読」と「写植オペレーターによる類推入力」の連鎖にありました。
当時、ライターがマス目の原稿用紙に殴り書きした文字は、以下のような特徴を持っていました。カタカナの「ハ」の左払いが短く垂直に立ち、右払いが極端に寝ていたため、漢字の「イ」に見誤られました。さらに「ン」の撥音は右上がりの点が払いに接触して「ン」のまま、あるいは「ド」の濁点が小さく掠れて「ト」に近く見え、極めつけは平仮名の「る」の結びが潰れて「人」の字画に酷似していました。
結果として、「ハンドル」という文字列が、完全に「インド人」という独立した単語の形状に偽装されてしまったのです。専門知識を持たない外部の写植オペレーターが文字盤から活字を拾い上げる際、意味の破綻に首を傾げながらも、視覚的にそう読める文字をそのまま印字したことで、世紀の誤植が完成しました。