独ソ不可侵条約(正式名称:ドイツ・ソビエト不可侵条約、外交史ではモロトフ・リッベントロップ協定とも呼ばれます)は、1939年8月23日にドイツ外相ヨアヒム・フォン・リッベントロップと、ソビエト連邦の外相(人民委員会議長兼外務人民委員)ヴャチェスラフ・モロトフの間で署名された外交条約です。
本条約の骨子は、締約国同士が互いに武力攻撃を行わず、第三国から一方の国が攻撃された場合でも他方はその第三国を支援しない中立義務を定めた全7条から構成されていました。有効期間は10年間と設定され、相互の領土保全と平和維持を謳っていたのです。
当時、ナチズムと共産主義(ボルシェヴィズム)は互いを「最大の撲滅対象」と激しく罵り合っており、両国の同盟や協調など国際社会の誰もが予想していませんでした。そのため、この発表は「青天の霹靂」「20世紀最大の外交サプライズ」としてロンドン、パリ、ワシントン、そして東京に強烈な激震をもたらしました。