そもそも、高校の同級生として1965年に結成し、半世紀以上も苦楽を共にしてきた二人が、なぜそこまで激しく対立したのでしょうか。おぼん・こぼん不仲の真相には、漫才協会の運営方針をめぐる対立と、性格の不一致という根深い背景が存在していました。
当時の報道や関係者の手記によると、2000年代半ばから協会の役員選挙や組織改革を巡って意見の食い違いが表面化。漫才協会を熱烈に牽引しようと前のめりになるおぼんと、一歩引いて冷静に協会のバランスを見守りたいこぼんの間で溝が生じました。さらに「舞台上でのアドリブのズレ」「挨拶を返した・返さない」といった日常の些細なボタンの掛け違いが感情の澱となって蓄積し、やがて「目も合わせない、口も利かない」という異常事態に発展したのです。
それでもおぼん・こぼんが解散しなかった理由について、二人は後の単行本やインタビューで「この看板を捨てたら漫才師ではなくなる」「浅草の舞台に穴をあけるわけにはいかなかった」と告白しています。どれほど私生活で反目し合おうとも、ひとたび出番の囃子が鳴れば舞台上で名人芸を繰り広げて客を沸かせる——その「芸人としての強固なプロ意識」こそが、法的なコンビ解消を踏みとどまらせた最大の防波堤でした。