バラエティ番組、アニメソング、イラストレーション、YouTubeと幅広い舞台で活躍する中川翔子ですが、彼女が成人後も長らく抱え続けていた最大のコンプレックスの一つが、中川翔子 戸籍上の名前にありました。ファンの間でも広く知られている通り、2023年秋に法的な改名が認められるまで、彼女の戸籍謄本に記されていた本名は漢字の「翔子」ではなく、ひらがなの「しようこ」だったのです。
事の発端は、彼女がこの世に生を受けた1985年8月19日に遡ります。父であるミュージシャン・俳優の故・中川勝彦さんと母・桂子さんは、生まれてくる我が子に「薔薇のように美しく育ってほしい」との願いを込め、「薔子(しょうこ)」と命名することを決めていました。しかし、当時は法的な壁が立ちふさがります。昭和60年当時の戸籍法および人名用漢字の規則において、「薔」という漢字は子どもの名前に使用できる人名用漢字として認められていなかったのです(※「薔」が人名用漢字に追加されたのは1990年の法改正)。
役所の窓口で「薔子の文字は使えません」と突き返された親族(代理で提出に赴いた母の叔母)は動揺し、病室にいる両親と連絡が取れない焦りから、窓口のカウンターでとっさに平仮名で「しょうこ」と書き直す判断を下しました。しかし、そこで決定的なミスが発生します。激しい苛立ちと混乱のなか、殴り書きに近い勢いで記入された文字は、小さな「ょ」ではなく大きな「よ」として認識され、窓口の戸籍係もそのまま事務処理を進めてしまったのです。これこそが、中川翔子 出生届 誤表記の真相でした。
その結果、戸籍簿には「中川 しようこ」という、両親の意図とはまったく異なる表記が刻まれることになりました。当然、しょこたん 本名の読み方は「しょうこ」ではなく、公的手続きにおいては一音一音はっきりと「し・よ・う・こ」と発音される運命を背負うことになります。本人が物心ついた頃、病院の待合室や銀行の窓口で「なかがわ・しようこ様」と大音量でアナウンスされるたびに、周囲から注がれる奇異の視線と嘲笑混じりの反応に、幼心は激しく傷ついたと自著やインタビューで生々しく告白しています。