日本の歴史において、胸や母乳を指す言葉は時代とともに変化を遂げてきました。奈良時代の『古事記』や『万葉集』の時代から、基幹となる言葉は一貫して「ちち(乳)」でした。この「ちち」は「命の父」や「滴る(ちちる)」などと同源とされる古代日本語です。
室町時代に入ると、宮中に仕える女性たちの間で「女房言葉(にょうぼうことば)」と呼ばれる隠語的・丁寧な言い回しが発達します。「ちち」の頭に「お」を付けた「おちち」や、食膳に関わる「おはしき」といった表現が用いられ、これが後に武家や町人の女性層へも波及していきました。
江戸時代中期の川柳や風俗資料には、庶民の育児語として「パイパイ」や「お乳」の記録が散見されるようになります。決定的に「おっぱい」という表記や発音が口語・出版物に定着していったのは、明治時代から大正時代にかけての近代化期です。育児書や学校教育、家庭小説などを通じて、全国的な共通語としての地位を確立していきました。