貴乃花と宮沢りえ婚約破棄の真相|母の思惑と平成の悲劇

貴乃花と宮沢りえ婚約破棄の真相|母の思惑と平成の悲劇

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幸福の絶頂からわずか60日余り、事態は急転直下、破滅へと向かいます。貴乃花と宮沢りえの婚約破棄の理由には、単なる男女のすれ違いを超えた、二つの強固な世界の衝突が存在していました。

最大の障壁となったのは、宮沢りえのプロデューサー兼マネージャーとして絶対的な影響力を持っていた母・宮沢光子(りえママ)の存在でした。光子氏は、娘が10代にして築き上げた国際的な女優キャリアを、角界の伝統の中に埋もれさせたくないという強い執念を抱いていました。当時、大相撲の名門・二子山部屋のおかみさんになるということは、自らの芸能活動を完全に休止・引退し、部屋の力士たちの身の回りの世話や後援会対応など、裏方として24時間相撲道に身を捧げることを意味していたからです。

当時、貴乃花の母であり部屋のおかみさんであった藤田紀子氏ら相撲界側としては、伝統に則った角界の妻としての覚悟を求めていました。これに対し、娘の独立や相撲界への完全同化を拒んだりえママとの間で激しい水面下の折衝が続きました。報道や関係者の証言によると、光子氏から相談を受けた歌手の美川憲一氏が宮沢りえ本人に対し、「あなたは日本を代表する大女優になる人。角界のしきたりに縛られていいの?」と説得を試みたエピソードは、今なお語り継がれる有名な舞台裏です。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。