三國連太郎さんの私生活は、まさに演じた役柄以上にドラマチックな軌跡を描いています。青年期から晩年に至るまで、戸籍上の婚姻関係だけでも4回を数え、その合間にも数々の浮名を流しました。稀代の怪優にとって、女性との出会いと別れは自身の表現衝動と不可分に結びついていたと当時の映画関係者は語っています。
最初の結婚は、映画界入りする前の青年期(出征前後)の混乱期に遡ります。戦後の動乱の中で早々に破局を迎えた後、1950年代の銀幕デビューとともに日本中を騒がせたのが、女優・太田友子さんとの婚約破棄騒動でした。当時、人気女優だった太田さんとの電撃婚約を発表しながらも、結婚直前に自ら解消を選び、メディアを巻き込む一大スキャンダルに発展。三國さんの妥協を許さない生き様が、私生活の破局として噴き出した象徴的な出来事でした。
その後、2人目の妻(佐藤浩市さんの実母)との結婚、3人目の一般女性との婚姻と離婚を経て、最終的に人生の伴侶となった4人目の妻・友子(ともこ)さんと巡り合います。激しい情念に突き動かされた前半生から、平穏な終着点へと向かう過程は、まさに昭和から平成を駆け抜けた映画人の縮図でした。