俳優としての成功にとどまらず、彼は「マキノ雅彦」の名で自らメガホンを執るという大きな挑戦にも打って出た。伯父であるマキノ省三から続く「日本映画の父」の血脈を自覚し、エンターテインメントへの恩返しとして監督業に挑んだのである。
撮影現場での彼は、徹底した美意識と人間観察の眼を持っていた。役者たちの潜在能力を引き出し、古典的な日本映画の粋や人情味を現代に蘇らせる手腕は、映画関係者の間でも高く評価された。華やかな表舞台の裏で、伝統的な映画作りの技法を守り抜こうとした職人精神こそ、彼が残した知られざる秘められた偉業の一つと言える。