寿司も天ぷらも16文!江戸屋台が町民の胃袋を掴んだ決定的理由と歴史

寿司も天ぷらも16文!江戸屋台が町民の胃袋を掴んだ決定的理由と歴史

寿司も天ぷらも16文!江戸屋台が町民の胃袋を掴んだ決定的理由と歴史の重要ポイントをご紹介します。専門的な知識がチェックできます。

江戸の屋台を語る上で外せないのが、現代の和食を象徴する「江戸屋台の四大名物」です。いずれも屋台という限られた調理スペースと機動性の中から独自の進化を遂げました。

1. 握り寿司(江戸前寿司)
かつて発酵に数か月を要した「なれずし」から脱却し、酢飯に東京湾(江戸前)で獲れた新鮮な魚介を合わせてその場で握る握り寿司の屋台発祥は、文政年間(1818〜1830年)の華屋与兵衛らによるものとされています。当時の握り寿司はおにぎりほどの巨大サイズで、客は屋台の前に立ち、2〜3貫をつまんで小腹を満たしていました。

2. 二八蕎麦(にはちそば)
江戸っ子の主食代わりとして絶大なシェアを誇ったのが蕎麦です。うどん文化の強かった上方に対し、江戸では濃口醤油とみりんを利かせた関東風のだしに細切りの蕎麦を合わせるスタイルが定着。せいろで蒸すのではなく、熱い汁をかける「ぶっかけ」の発明によって、屋台でのスピード提供が可能になりました。

3. 屋台天ぷら
江戸の屋台天ぷらの由来は、東京湾で獲れるアナゴやハゼ、芝エビなどを油で揚げて串刺しにした庶民のおやつでした。油火災のリスクから屋内調理が厳しく規制されていたため、屋外の屋台で揚げたてを立ち食いするスタイルが定着。大根おろしを添えた天つゆにドボンと浸して食べる手軽さで親しまれました。

4. 鰻の蒲焼き
もともとはぶつ切りにして塩焼きにしていた鰻ですが、江戸後期に開いて骨を取り、醤油とみりんの甘辛いタレをつけて焼く「蒲焼き」の技法が完成。屋台では串に刺した鰻を手軽に頬張ることができ、夏のスタミナ源として庶民に重宝されました。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。