「プレイボーイ」と聞いて世人が思い浮かべる派手で軽薄なイメージとは、およそかけ離れた男だった。昭和の芸能界において、火野正平の名は数々の浮名とともに全国へと轟いた。最高で同時に複数の女性と付き合っていたという噂や、ワイドショーのリポーターに囲まれても嫌な顔一つせず煙草をくゆらせる姿は、当時のメディアの格好の標的となった。
しかし、そのモテ伝説の真骨頂は「後味の良さ」にある。女優の太地喜和子をはじめとする大物女優たちとの浮名が報じられても、噂された女性たちの口から火野の悪口が漏れ聞こえることは一切なかった。むしろ「本当に優しかった」「憎めない人」と口を揃えて称賛したという。去る者を追わず、関わった相手の秘密を墓場まで持っていく誠実さ。昭和を代表するプレイボーイ伝説の根底にあったのは、テクニックではなく、相手を徹底的に尊重する無償の愛と人間的器の大きさであった。