スカルノ失脚後、パリへと亡命した彼女は「東洋の真珠」と称えられ、社交界の寵児となった。しかし、彼女の本当の強さはその商魂にある。フランスを中心とするヨーロッパ社会で、石油コンツェルンや大手不動産業者、さらには軍事関係者ともネットワークを構築。自ら国際貿易を手がけ、コンサルティングやビジネスの仲介業で莫大な仲介手数料を得ていた。
単なる社交界の華ではなく、冷徹なビジネスパーソンとしての才覚を発揮したことが、彼女の財産を何倍にも膨らませた。不動産の売買や美術品の投資など、先見の明を持った資産運用が現在の巨万の富を強固なものにしたのである。