広尾稲荷神社の歴史と由緒を紐解くと、江戸時代初期の慶長年間(または元和年間)にまで遡ります。もともとは江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の時代、三枝摂津守の下屋敷があった地に設けられた徳川将軍家の別邸「麻布御花畠 富士見御殿」の鎮守神として祀られたのが始まりと伝えられています。
主祭神は、五穀豊穣や衣食住、産業発展の神である倉稲魂神(うかのみたまのかみ)。現在では、港区というビジネス・商業の最前線に位置することから「商売繁盛」「事業発展」の守護神として、周辺企業の経営者や起業家からも篤い信仰を集めています。
さらに特筆すべきは「火難除け(火伏せ)」のご利益です。江戸時代、幾度となく麻布・広尾一帯を焼き尽くした大火の際にも、この社殿や周辺地域が奇跡的に延焼を逃れたという伝承が残っており、防災や家内安全の守護を願う参拝者が後を絶ちません。