怒和島の現代史を語る上で風化させてはならないのが、平成30年(2018年)7月西日本豪雨における土砂災害です。記録的な集中豪雨により、上怒和地区の急傾斜地で大規模な土砂崩れが発生し、住宅が押し流され尊い命が失われるという痛ましい被害に見舞われました。
柑橘畑の農道や水路、斜面インフラも甚大な打撃を受け、離島ゆえに大型重機の搬入や資材輸送に制約がある中、地元住民、松山市、愛媛県、そして全国からの支援ボランティアが一体となって復旧作業が進められました。
被災から歳月が経過した現在、土砂災害警戒区域の見直しや、山腹工・砂防堰堤(砂防ダム)の整備、高台への避難体制再編など、ハード・ソフト両面での防災インフラ強化が図られています。激甚災害の教訓から生まれた「共助」の意識と地域防災の知見は、限界集落化が進む離島コミュニティを守る基盤として今も息づいています。