本作の凄みは、情念という抽象的な感情を、伊豆半島・天城峠の実在する地理的ランドマークへと完璧に投射した点にあります。歌詞に登場する名所は単なる観光案内ではなく、破滅へと向かう逢瀬の心理的グラデーションを見事に表現しています。
冒頭に登場する「隠れ宿」から、二人は「つづら折り」の険しい山道へと足を踏み入れます。ここで描写されるのが名瀑「浄蓮の滝」です。「舞い上がり 揺れ堕ちる肩のむこうに」という描写は、轟音とともに飛沫を上げて落下する滝の物理的な激しさと、逢瀬の情事における身体の律動、そして女性の内面に渦巻く激しい情動を鮮やかに重ね合わせています。
続く「寒天橋(かんてんばし)」は、河津川上流に架かる実在の小さな橋です。地元の特産品である天草から寒天を製造していた歴史に由来する橋名ですが、作中では「寒天=凍てつく天」という冷徹な心象風景の暗示として機能しています。この寒天橋を渡る行為は、平穏な日常や倫理的な世界から完全に決別し、後戻りのできない異界へと踏み込む不可逆の境界線を意味しています。
そして旅の終着点としてそびえるのが「天城隧道(旧天城トンネル)」です。明治38年(1905年)に開通した石造りのトンネルであり、川端康成の名作『伊豆の踊子』の舞台としても知られますが、『天城越え』における隧道は「暗黒の産道」であり「現世と来世を隔てる黄泉の入り口」です。冷たく湿り気を帯びた切石の闇をくぐり抜けるプロセスは、社会的な規範や世間体を捨て去り、二人だけの狂気の世界へと完全に脱皮していくイニシエーション(通過儀礼)に他なりません。