ポニョと東日本大震災の真相|放送自粛の理由と津波描写・都市伝説の全貌

ポニョと東日本大震災の真相|放送自粛の理由と津波描写・都市伝説の全貌

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2011年3月11日、宮崎駿監督自身は小金井市のスタジオジブリ社内で激しい揺れに見舞われました。当時、監督は次回作となる映画『風立ちぬ』の構想・絵コンテ作業の真っ只中にありました。

スタジオジブリ関係者の証言やNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』の密着取材記録によると、震災直後の混乱期、宮崎監督はスタッフを鼓舞しながらも、深い沈思黙考に沈んだと伝えられています。社屋には「スタジオジブリは原発抜きの電気で映画をつくりたい」という手書きの横断幕を掲示させ、エネルギー問題や文明の脆弱性に強い危機感を示しました。

当時の特番インタビューや手記において、監督は震災について次のような趣旨の告白を残しています。

「私たちは自然をコントロールできると思い上がっていた。だが、大地が揺れ、海が押し寄せてくれば、人間が作った都合など一瞬で吹き飛ぶ。日本列島という火山島に生きるということは、そういう過酷な自然と折り合いをつけて暮らすことだったはずだ」

さらに、『風立ちぬ』では奇しくも劇中で1923年の関東大震災を描くことがあらかじめ決定していました。3.11の直前に絵コンテを切っていた宮崎監督は、「現実の災害に時代が追い越された」と激しい葛藤に苛まれました。「いま、天災と貧困に喘ぎ、戦争へと突き進んだ時代を描くことにどんな意味があるのか」と自問自答を繰り返した末、監督が辿り着いた境地が「それでも生きねばならぬ」というメッセージでした。

ポニョで描いた「荒れ狂う海と無邪気な子供の生」は、震災を経たことで宮崎監督にとっても単なるファンタジーではなく、過酷な現実を生き抜くための過激な寓話へとその重みを増していったのです。

佐藤 大輔
著者

佐藤 大輔

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