時計の針を、日中戦争が勃発した昭和12年(1937年)の宮城県仙台市へと巻き戻してみましょう。当時の日本には冷房設備などなく、夏の飲食店、特に強い火力で油を多用する中華料理店は灼熱地獄と化していました。客は熱いラーメンや炒め物を敬遠し、夏場になると中華料理店の売上は壊滅的な打撃を受けていたのです。
この窮状を打破すべく立ち上がったのが、仙台市内で営業していた中国料理店「龍亭」の創業者・四倉義雄氏でした。四倉氏は有志の料理人を集めて「仙台支那料理同業組合」を結成。組合員たちと膝を突き合わせ、「夏でも客が喉を通しやすく、栄養価の高い新メニュー」の共同開発に着手します。
試行錯誤の末に生み出されたのが、冷やし中華の原型となる「涼拌麺(リャンバンメン)」でした。油分を極限まで抑えた醤油ベースのタレに、食欲を増進させる酢と砂糖をバランスよく配合。さらに麺を茹で上げた後に井戸水で洗い、しっかりとぬめりを取って冷やすという画期的な調理手順を確立しました。
ここで注目すべきは、冷やし中華 元祖 具材の秘密です。龍亭が考案した具材は、単なる彩りではありませんでした。夏バテ予防と栄養補給を目的に、ビタミン豊富なキュウリ、タンパク質を補う蒸し鶏、ミネラルを含むクラゲなど、東洋医学の薬膳思想にも通じる食材が選定されたのです。当時の価格は1杯25銭。かけそばが1杯5銭前後だった時代において、涼拌麺は庶民の気軽な軽食ではなく、夏を乗り切るための贅沢なスタミナ料理として提供されました。