稀代の美食家として知られる北大路魯山人は、アワビの滋味を誰よりも深く愛し、その調理法に並々ならぬ執念を燃やした。また、食育と食文化の普及に生涯を捧げた服部幸應も、素材の持ち味を極限まで引き出すシンプルな手当ての重要性を説き続けていた。彼らが愛したアワビ料理の最高峰が、新鮮な肝を余すところなく使った「肝醤油」である。
取り出した新鮮な肝を熱湯にサッと潜らせて氷水に取る「霜降り」を行う。これで生臭みが完全に消え去る。裏ごし器で丁寧になめらかに潰し、煮切った酒、上質な濃口醤油、そしてほんの数滴のすだち果汁を合わせる。濃厚でありながら後味はどこまでも澄んでいる。薄造りにしたアワビの身にこの肝醤油をたっぷりと絡めて口に運んだ瞬間、自宅の食卓は一瞬にして名門割烹の個室へと変貌する。