日本全国にボウリングブームが吹き荒れた1970年前後、全国各地にボウリング場が誕生しました。その中核を担った運営大手のひとつが、イースタンスポーツ(スターレーン系列)です。各地でトップレベルのレーンコンディションと充実したプロショップ、インストラクターの配置を武器に展開していた同社において、立川の拠点は多摩南街区・甲州街道方面からのアクセスも良好な錦町エリアのシンボルとして定着しました。
当時の立川スターレーンの歴史と経緯を紐解くと、単なるレジャー施設にとどまらない「競技ボウリングの拠点」としての矜持が際立ちます。オイルパターンの管理技術が高く評価され、日本プロボウリング協会(JPBA)所属の看板プロボウラーを招いたチャレンジマッチや、公式戦の選考会が定期的に開催されていました。地域のアマチュアボウラーがプロと同じアプローチに立ち、ハイゲームを目指して切磋琢磨した数々の大会記録は、多摩エリアのアスリートたちの誇りでした。
地元シニア層の健康ボウリング教室から、近隣企業が主催する職域対抗コンペ、週末のファミリーユースまで、幅広い世代の交差点として機能。立川の街がモノレールの開通や北口再開発で急速に都市化していくなかでも、昭和の温かみと競技スポーツの緊張感が同居する稀有なサードプレイスとして、確固たる地位を築いていました。