多くの国民が抱いた疑問は、「名門一族の出身で高い教育を受けてきたはずの首相が、なぜこれほど初歩的な漢字を読み違えるのか」という点でした。麻生太郎の経歴と学歴を振り返ると、学習院初等科から学習院大学政経学部を卒業し、その後は米国の名門スタンフォード大学大学院や英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)への留学経験を持っています。外務大臣時代には堪能な英語で海外要人と堂々と渡り合っており、教養水準そのものが低かったわけではありません。
それにもかかわらず誤読が続発した背景には、麻生太郎が漢字を読めない理由として指摘される構造的な要因が複数絡み合っていました。
第一に、官僚作成の答弁ペーパー依存とルビの問題です。国会答弁では、官僚が深夜までかけて作成した膨大な答弁書を短時間で下読みし、本番で読み上げます。当時の官僚ペーパーには、日常使われるレベルの語彙にはルビ(振り仮名)が振られていませんでした。側近議員の手記によると、多忙を極めた麻生氏は下読みの時間が極端に不足しており、初見に近い状態でペーパーを早口で読み下していた実態がありました。
第二に、視力と速読癖の問題です。当時68歳だった麻生氏は老眼が進んでいましたが、公の場で老眼鏡をかけることを嫌い、裸眼のままペーパーに目を走らせていました。文字の輪郭や偏(へん)・旁(つくり)の細部を正確に捉えず、パッと見の視覚パターンで脳内変換して発音する癖があったと関係者は証言しています。「踏」を「ふ(む)」、「綻」を「条」と見誤ったのも、この速読癖が一因とみられます。
第三に、青年期からの読書習慣の偏りです。麻生氏は自他共に認める大の漫画愛好家として知られ、衆議院議員宿舎にも毎週大量の漫画雑誌が運び込まれていました。活字離れしていたわけではないものの、漢籍や近代文学のような硬質な日本語文体に日常的に親しむ機会が少なかったことが、慣用句や熟字訓の定着度合いに影響を与えていたことは否めません。