介護現場の相談記録や各種コミュニティの生々しい投稿を分析すると、家族が見当識障害に直面した際、ほぼ例外なく「感情の乱高下」と「激しい自責の念」に苛まれている現実が浮かび上がります。
ある大手介護ポータルの手記や家族会で寄せられた50代女性の告白は、この障害の残酷さを物語っています。
「毎朝、認知症の母から『お母さん、朝ご飯まだ?』と私の顔を見て無邪気に言われます。私は娘なのに、母の中では母自身の母親(亡き祖母)になっているんです。最初の頃は『何言ってるの、私は娘の〇〇よ!しっかりして!』と泣き叫びながら肩を揺さぶってしまいました。母は怯えた目で私を見つめ、余計に部屋の隅へ逃げていきました。あの時の母の怯えた表情が、今も脳裏から離れません」
家族社会学および臨床心理学の観点から見ると、ここには「心理的バウンダリー(境界線)」の崩壊と共依存的な苦悩が存在します。家族であるがゆえに、「親が壊れていく現実を受け入れたくない」「正気を取り戻させたい」という防衛本能が働き、無意識に相手の誤りを論理的に正そうと躍起になってしまうのです。
しかし、本人の脳内ではその歪んだ時間と空間こそが「100%の真実」です。家族が現実を突きつけて説得しようとすればするほど、本人にとっては「理不尽に自分を責め立てる危険な他者」と映り、結果として激しい興奮や暴言、頑なな拒絶といったBPSDが引き起こされます。家族側が「私の知っている親はもういない」という悲哀のプロセス(予期悲嘆)を適切に消化できないまま孤立無援で介護を抱え込むと、共倒れのリスクは急激に跳ね上がります。