最高権力者であった徳川将軍家のデータは、栄養状態や生活環境が寿命にどのような影響を与えたかを考察する一級の比較史料です。初代・徳川家康から15代・慶喜までの徳川歴代将軍の寿命を追うと、平均寿命は約51歳でした。
興味深いのは、恵まれた環境にいたはずの将軍家が、必ずしも一般庶民より飛び抜けて長命だったわけではない点です。初代・家康は75歳、最後の将軍・慶喜は77歳と突出した長寿を誇った一方、幼少期や20代で夭折した将軍も少なくありません。その背景には、大奥での閉鎖的な生活環境や運動不足、そして「毒見役」を通した冷めた食事、さらには白米偏重による脚気の流行がありました。
対照的に、一般庶民の長寿を支えたのが江戸時代の食事と健康のバランスです。江戸後期の都市部では白米が普及して「江戸患い(脚気)」が頻発したものの、農村部や近郊では麦飯や玄米、雑穀が主食であり、ビタミンB群や食物繊維が自然と補給されていました。
貝原益軒が83歳の時に著した『養生訓』には、「腹八分目に医者いらず」「旬のものを食すべし」といった、現代の予防医学にも通じる知恵が克明に説かれています。味噌や納豆などの発酵食品、根菜類を中心とした一汁一菜の食生活、そして日常的な徒歩移動による強靭な足腰こそが、江戸時代 長寿の理由の根幹を支えていたのです。
過酷さを極めた「江戸時代の寿命 男女差」
当時のジェンダーによる寿命差にも特筆すべき実態があります。現代では女性の方が男性より長寿であることが一般的ですが、江戸時代においては女性の20代〜30代の死亡リスクが極めて高い水準にありました。その元凶は「出産」です。産褥熱や大出血に対する救命処置が存在せず、出産は文字通り命懸けの営みでした。しかし、この出産適齢期の危険地帯を乗り越えた女性たちは、その後男性を上回る頑健さで長生きする傾向がはっきりと確認されています。