地上絵を描いた主犯格としてまことしやかに囁かれてきたのが「古代宇宙飛行士説」です。巨大な滑走路のように見える直線や、ヘルメットをかぶったような人型モチーフの存在から、地球外生命体へのサインではないかというロマンが語られてきました。しかし、綿密な発掘調査と出土遺物の分析により、制作者は紀元前200年頃から紀元後650年頃にこの地に栄えた「ナスカ文化」の人々であることが学術的に証明されています。
彼らが過酷な砂漠にこれほど膨大な絵を残した最大の動機は、生存に直結する「水への祈り」でした。ナスカ平原は年間降水量が数ミリにも満たない極度の乾燥地帯です。農耕を営む人々にとって、アンデス山脈から伏流水としてもたらされる水源の確保は死活問題でした。
地上絵の線上や周辺からは、儀式に使用された土器の破片や、海の神聖なシンボルである「ウミギクガイ」の殻などが多数出土しています。人々はただ上空から眺めるために描いたのではなく、地上絵の線を実際に歩きながら祈りを捧げる「祭祀の通路」として利用していたのです。直線や台形などの巨大な幾何学模様は部族が集う儀式の広場であり、動物の具象画は豊穣や降雨を願う神聖なトーテムであったことが分かっています。