絶望の淵にいた島倉千代子を再び表舞台の主役に押し上げた最大の原動力、それこそが名曲「人生いろいろ」の誕生だった。当時、自身の編み出した「六星占術」で一躍時の人となっていた細木数子は、島倉の運気の波を読み解き、プロデュース全般に深く介入。「暗い悲恋の歌ばかり歌っていてはダメ。笑い飛ばすような曲を歌いなさい」と説き勧めたという。
従来の重厚な演歌から一転、ポップで軽快なリズムに乗せて歌われたこの楽曲は大ヒットを記録。NHK紅白歌合戦への奇跡的な返り咲きを果たし、島倉は見事に復活を遂げた。世間は「六星占術の凄まじい奇跡」と称賛し、二人の絆は黄金期を迎えたかに見えた。しかし、その成功の陰で、プロデュースを巡る意見の食い違いはすでに芽生えていたのである。