世界中で「箱」として知られるパンドラの器ですが、原典のギリシャ神話に登場する器は箱ではなく、大型の甕や壺を指す「ピトス(Pithos)」でした。古代ギリシャにおけるピトスは、ワイン、オリーブオイル、穀物などを保存するための大人の背丈ほどもある陶器の壺であり、死者を埋葬する甕棺としても用いられていた重厚なものです。
では、なぜ壺が「箱」へとすり替わってしまったのでしょうか。その原因は、16世紀初頭の人文主義者エラスムスによるラテン語翻訳にあります。エラスムスがギリシャ神話を翻訳する際、ギリシャ語の「ピトス(壺)」を、ラテン語で小箱や小部屋を意味する「ピュクシス(Pyxis)」と混同して記述してしまったとされています。
この誤訳がヨーロッパ各地の挿絵画家や作家たちによって広まり、絵画や文学作品の中で優美な装飾箱として描かれるようになりました。結果として「パンドラの箱」というイメージが世界中に定着しましたが、本来の神話が持つ「重く巨大な貯蔵壺の封印を解く」という情景とは大きく異なっています。