白井球審の野球キャリアは、審判としての華やかな経歴だけでなく、地道な下積み時代に支えられています。
兵庫県立全寿庵高校(現・宝塚北高校など地域校)から近畿大学工学部へ進み、選手として白球を追った後、審判員を志してパシフィック・リーグ審判部に入局しました。1990年代後半から下部リーグで研鑽を積み、2000年代以降は一軍の舞台で数々の名勝負を裁いてきました。
長年の実績により、オールスターゲームや日本シリーズ、さらにはWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)などの国際試合でも審判員を務めるなど、球界内でのキャリアは超一流の領域に達しています。
NPB審判員の待遇は年俸制を採用しており、白井球審のような一軍定着のベテラン・クルーチーフクラスになると、基本年俸に一軍出場手当が加算され、推定年俸は1,500万円〜2,000万円前後に達すると推計されています。激しい批判やプレッシャーに晒される過酷な職業ですが、トップ審判員には相応のステータスが保証されています。