2人の破局を決定づけた要因は、単一の事件ではありません。感情、人間関係、そして金銭という極めて現実的な問題が複雑に絡み合っていました。
まず挙げられるのが、松田聖子との関係です。1980年代を牽引したライバル同士の構図の中で、1989年2月に報じられたニューヨークの高級ホテルでの近藤と聖子の密会写真は、明菜の心を粉々に打ち砕きました。聖子は当時すでに神田正輝氏と結婚しており、単なる友人同士の会食と釈明されたものの、孤高の完璧主義者として近藤に全幅の信頼を寄せていた明菜にとって、その裏切りは耐え難い屈辱でした。
さらに深刻だったのが、「8,000万円の金銭トラブル」と称される問題です。明菜は近藤との将来の生活拠点となる新居マンションの購入資金、あるいは近藤が熱中していたカーレース活動の資金として、巨額の現金を近藤側に工面したと当時の有力週刊誌で相次いで報じられました。二人の関係が完全に破綻した後も、この資金の使途や返済を巡って水面下で激しい確執が続き、信頼関係の完全な崩壊を招きました。
そして最も致命的だったのが、研音独立の理由です。デビュー以来、家族のように明菜を守り育ててきた大手事務所「研音」から、メリー喜多川氏の息のかかった新事務所「コレクション」へと移籍させられた明菜は、強力な業界の後ろ盾を失いました。結果として、恋人も、莫大な資金も、盤石な仕事環境さえも同時に奪われる形となり、彼女は長い活動休止と体調不良の迷宮へと追い込まれていったのです。