『出発の歌』の正式な読み方は「たびだちのうた」です。この曲が一躍全国に知れ渡る契機となったのは、1971年11月に日本武道館で開催された「第2回世界歌謡祭」でした。世界48カ国から集結した実力派アーティストを抑え、日本代表として出場した「上條恒彦+六文銭」が見事にグランプリと歌唱賞の二冠に輝いた瞬間は、日本のフォーク・ニューミュージック界における最大の転換点の一つと評されています。
当時、すでにミュージカルや舞台でその卓越した歌唱力を高く評価されていた上條恒彦と、小室等を中心に繊細なアンサンブルを展開していたフォークグループ「六文銭」。一見すると対極に位置する「重厚なソロシンガー」と「アコースティックなフォークグループ」の共演は、当時のポピュラー音楽界では極めて斬新な試みでした。
ステージ上で響き渡った上條恒彦のダイナミックなロングトーンと、六文銭の緻密で透明感あふれるコーラスのコントラストは、審査員のみならず満員の観客に強烈な衝撃を与え、レコード売上は70万枚を超える大ヒットを記録しました。