山本博がグローブを握るきっかけとなったのは、テレビ東京系のバラエティ番組『ロバートハウス』内の企画でした。当初はバラエティ特有の「芸人が過酷なスポーツに挑戦する」という趣旨でスタートしたものの、指導にあたったトレーナーやジム関係者が驚嘆するほどの適性と真面目さを山本は見せ始めます。
練習拠点となったのは、埼玉県にある名門草加有沢ボクシングジムでした。多忙を極めるテレビ収録の合間を縫い、山本は週に何度もジムへ通い詰め、若手プロ選手と全く同じ過酷な練習メニューをこなしていきました。単なる番組の撮れ高作りではなく、純粋にボクシングという競技の奥深さに魅了されていったのです。
日本ボクシングコミッション(JBC)のプロボクサーテストは、実戦形式のスパーリング審査や厳しいフィジカルチェックが課される本格的な関門です。当時の規程ではプロテスト受験資格の上限が34歳未満(※現在は条件付きで緩和)とされており、特例措置やプロテスト受験への猶予が限られるなか、山本は36歳を迎える直前のタイミングでフェザー級のプロテストを受験しました。日々の徹底した走り込みと基礎技術の反復練習が実を結び、見事に一発合格を果たしたのです。