現在テレビで見せる知的で肝の据わった佇まいからは想像もつかないほど、野々村友紀子の若い頃写真や当時の映像が公開されるたび、SNSや掲示板では「信じられないほどかわいい」「モデルや女優顔負けの美貌」と感嘆の声が上がります。彼女の芸能生活のスタートは、裏方の作家ではなく、吉本興業の舞台に立つ正統派の女性漫才師でした。
1992年、野々村さんは吉本総合芸能学院(大阪NSC11期生)へ入学。この11期生は、中川家を筆頭に、陣内智則さん、ケンドーコバヤシさん、たむらけんじさん、ハリウッドザコシショウさんらが名を連ねる、お笑い界屈指の黄金世代として知られています。その猛者たちがひしめく中で、同期の元相方・高僧美千江(たかそう みちえ)さんと結成したのが、伝説の女性コンビ「高僧・野々村」でした。
当時の関西お笑い界の聖地であった「心斎橋筋2丁目劇場」で頭角を現した二人は、baseよしもとの前身となるステージで爆発的な支持を獲得します。黒髪のロングヘアに切れ長の涼しげな瞳、スッと通った鼻筋を持つ野々村さんは、舞台に登場するだけで黄色い歓声が飛ぶほどのビジュアルを誇っていました。当時の芸人仲間の証言取材によると、劇場の楽屋や出待ちのファンからも「芸人にしておくのはもったいない美少女」として一目置かれる存在だったと記録されています。
しかし、彼女たちの真の魅力は外見の美しさだけにとどまりませんでした。ルックス先行のアイドル芸人扱いを嫌い、男社会だった当時の吉本興業において、泥臭い本格派のしゃべくり漫才を徹底的に追求。ABCお笑い新人グランプリの決勝に進出するなど、同業者からも高い評価を得る実力派コンビとして一時代を築き上げました。