江戸女性の髪型はなぜ数百種も?島田髷と丸髷の違いと身分の真相

江戸女性の髪型はなぜ数百種も?島田髷と丸髷の違いと身分の真相

江戸女性の髪型はなぜ数百種も?島田髷と丸髷の違いと身分の真相とはどのようなものなのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。

ネット上の言説やドラマの描写では「江戸の人々は毎日風呂に入り極めて清潔だった」と語られがちですが、これには決定的な盲点が存在します。毎日入浴していたのは体を洗い流す湯船の話であり、頭髪の洗髪頻度は現代とは全く異なり、夏場でも月に1回から2回、冬場には数ヶ月に1回程度が標準でした。

理由は極めて物理的です。当時の女性の黒髪は腰に届くほどの長さがあり、現代のようなドライヤーも合成シャンプーも存在しません。髪を固めるために大量の「鬢付け油(びんづけあぶら)」を塗り込んでいるため、一度髪をほどいて洗い落とすには半日から丸一日がかりの大事業となったからです。

当時の洗髪事情のリアルな実態は以下の通りです。

  • 洗浄剤の主原料:海藻の「布海苔(ふのり)」を煮出した粘液、うどん粉(小麦粉)、または米ぬかや灰汁(あく)を調合した天然素材を使用。油分を吸着させて落としていました。
  • 乾燥の過酷さ:手ぬぐいで念入りに拭き取った後、風通しの良い日陰で天日乾燥させましたが、冬場は冷え込みで風邪を引く原因となり命がけの作業でした。
  • 日常の衛生維持:洗髪できない日々のケアとして、目の細かい「梳き櫛(すきぐし)」を用いて頭皮のフケや埃を徹底的に梳き落とし、椿油や伽羅(きゃら)の香油を補って頭皮の臭気を防いでいました。

喜多川歌麿や渓斎英泉が描いた浮世絵の美人画を注意深く観察すると、寛政期から化政期にかけて頭部が極端に大きく描かれるようになります。これは美化や誇張表現だけではなく、髪の内部に「毛たぼ(他人の抜け毛を集めて丸めたアンコ)」を大量に詰め込み、鬢付け油で塗り固めて頭部を巨大化させていた当時の実際の流行と重量感を忠実に反映した描写でした。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。