ネット上で神話化されている数々のエピソードの中で、江頭のパブリックイメージを決定的に変えたのが、2011年3月の東日本大震災における支援活動です。原発事故の影響で物資が届かず孤立していた福島県いわき市の避難所へ、江頭が自ら2トントラックを調達・運転し、大量の支援物資を届けたという事実は、当時Twitter(現X)の目撃情報から瞬く間に拡散しました。
この江頭2:50の伝説の真相について、本人は長年メディアで自慢げに語ることを徹底して拒否してきました。後に本人が語った言葉によれば、コストコで大量の水や生理用品、オムツなどを自費で購入した理由はシンプルそのものでした。「お前ら、お金がないときは身体を動かせ。お金があるときは金を出せ。俺はお金がなかったからトラックを借りて自分で走っただけだ」。芸能人としての売名行為と取られることを極度に嫌い、帽子にサングラス姿で名乗りもせず物資を降ろして立ち去ろうとしたものの、途中で顔がバレて被災者を笑顔にしたという逸話は、まさに彼の生き様そのものです。
一方で、身体を極限まで酷使し続けた代償も小さくありませんでした。2021年5月に発表された江頭2:50の病気と休養の経緯では、過密なスケジュールと持病の悪化により一時的な活動休止を余儀なくされました。復帰動画でファンからの温かい励ましに涙をこぼした姿は、かつて決して弱音を吐かなかった孤高の芸人が、初めて視聴者に対して「生身の人間」として心を開いた象徴的な瞬間となりました。現在は綿密な体調管理のもとで撮影スケジュールが組まれており、無理のない持続可能な活動スタイルが確立されています。